もともとの「大和撫子」はどんな花なのか?江戸時代中期の歌人であり国学者でもある小沢蘆庵(ろあん)の歌が興味深い。彼は大和撫子をこのように詠っています。 花の色は からくれないに 匂へども みな敷島の 大和なでしこ撫子 (なでしこ) (秋の七草の一つ) (花) 04 8 6 箱根湿生花園 写真集 1(写真4枚)へ (つぼみ、花) 写真集 2(写真6枚)へ (花、白い花) 秋の七草へ ↓ 下へ ・撫子(なでしこ)科。 ・学名 Dianthus superbus var longicalycinus (河原撫子) Dianthus ナデシコ属 superbus 気高い、 河原(大和)撫子の花 ゆかしくば 行きても見ませ雪島の 巌に生ふる 撫子の花 鎌倉幕府では源家最後の将軍(4代以後は北条家が執権として幕府を統治)、鶴岡八幡宮で従弟の源の公暁に殺された『源実朝』の和歌である。
撫子 なでしこ の花言葉とは 大和撫子 の意味とも関連がある Botanica
